普通の人は、どこまで残酷になれるのか―「監獄実験」の影と、服従の手ざわり

クラスで係を決めるとき、
「進行役」になった瞬間、いつもより少し強気になる人を見たことはありませんか。

  • 友だち → 指示を出す側
  • ただの同級生 → 「まとめ役」「リーダー」

立場が変わるだけで、口調や態度が変わることがあります。

「もし立場の差が、もっと極端だったら、どこまで人は変わるのか?」
この問いに挑戦しようとして行われたのが、1971年の**スタンフォード監獄実験(Stanford Prison Experiment)**です。

スタンフォード監獄実験の概要

1971年、アメリカのスタンフォード大学で、
心理学者フィリップ・ジンバルドーが主導して行った社会心理学の実験です。

目的は、「状況」と「与えられた役割」が人の行動にどれほど影響するかを調べることでした。

実験の流れは次の通りです。

  • 新聞広告で「刑務所生活の心理学的研究」として参加者を募集
  • 応募者70人ほどから、心身ともに健康な男子大学生21人を選抜
  • ランダムに
    • 11人:看守役
    • 10人:囚人役
      に分ける
  • 大学の地下に模擬刑務所を作り、そこに収容
  • 本来は2週間続ける予定だった

参加者には、「1日15ドル(当時としてはそれなりの額)の報酬」が支払われました。

囚人役は、実際の逮捕のように警察に連行され、指紋採取や衣服の没収を受け、囚人服と番号を与えられました。
看守役には、制服・警棒(実際には使えないもの)・サングラスが支給されました。

ここまでは、あくまで「役割の実験」です。
しかし、このあと、予想以上に激しい変化が起きました。

実際に何が起きたのか(6日間の流れ)

実験はすぐに緊張した雰囲気になりました。

  • 初日
    → まだ全員が「実験」という意識を持ち、比較的静かに進む
  • 2日目以降
    → 囚人役が抗議や反乱を試みる
    → 看守役が、号令・点呼・腕立て伏せ・立たせ続けるなどの「罰」を強めていく

次第に、看守役は

  • 囚人を番号で呼ぶ
  • 夜間に不意に点呼を始める
  • トイレの利用を制限する
  • 罰として裸にさせる

など、屈辱を与える行為を行うようになりました。

一方の囚人役は、

  • 不安・怒り・無力感を訴える
  • 一部は激しいストレス反応を示し、途中で実験から外れる
  • 「本当に出してもらえるのか」と不安になる

など、精神的に追い詰められていきました。

予定では2週間の実験でしたが、
わずか6日目で中止されました。

大学にいた別の心理学者(後にジンバルドーの妻になるクリスティーナ・マスラック)が、
現場を見て「これは倫理的におかしい」と強く抗議したことがきっかけだったとされています。

「確かに、自分がその場にいたら止めたくなる」と感じませんか。

この実験から読み取られたメッセージ

当時、スタンフォード監獄実験は次のようなメッセージを持つものとして広く紹介されました。

  • 普通の学生でも、「看守」という権力のある役割を与えられ、
    安心して罰を与えられる状況に置かれると、
    残酷な行動をとりやすくなる
  • 「個人の性格」ではなく、「状況」と「役割」が行動を大きく左右する
  • 制服・サングラス・番号などの「象徴」が、
    人を**脱個性化(自分を一人の人間として意識しにくくすること)**に導く

学校や部活でも、

  • 部長・キャプテンになると急に厳しくなる
  • バイト先で、シフトリーダーだけ口調が変わる

という場面があります。

「確かに、立場が変わると人は変わる」と感じる瞬間は、すでに身近にあるといえます。

しかし今は「そのまま信じない方がいい」とされている

スタンフォード監獄実験は、長いあいだ教科書や本で「状況の力」を示す代表例として紹介されてきました。

一方で、近年は次のような強い批判も出ています。

  • 看守役への「演技指導」があった
    • 後に公開された録音などから、
      研究者側が「囚人をもっと厳しく扱うように」と具体的に指示していたことが指摘された
  • 参加者の「ノリ」や「期待」が結果を歪めた可能性
    • 一部の看守役は、「問題提起になるなら、きつく振る舞った方がいい」と考えていたという証言がある
  • 再現性がない
    • 同じ条件で、同じような結果を得ることが難しく、
      「科学的な証拠としては弱い」とする研究者も多い

フランスの研究者ティボー・ル・テクシエは、
ジンバルドーの残した資料を詳しく調べ、
「実験はかなり“演出されたもの”であり、
普通の人が自発的に残酷になった例とは言いにくい」と批判しました。

つまり現在では、

「監獄実験は、歴史的には有名だが、
 “人間の本性”をそのまま示した決定的な証拠とは言えない」

という見方が主流になりつつあります。

日常にどう活かせるか:3つのポイント

それでも、この実験から学べることは多くあります。

1.「役割」と「場」は、人を強く動かす

  • リーダー
  • 班長
  • 店長代理

こうした肩書きがついた瞬間、人は「それらしく」振る舞おうとします。

「確かに、自分も係に選ばれたとき、
 いつもより“ちゃんとした人”を演じたくなる」

と感じたことはありませんか。

立場が変わると自分も変わるという前提で、自分の行動を振り返ることが大切です。

2.「おかしい」と感じたときに声を上げる人が必要

スタンフォード監獄実験は、
外から現場を見た研究者が「これはおかしい」とはっきり言ったことで止まりました。

  • 部活での行き過ぎたしごき
  • バイト先での理不尽なルール

など、「みんなそうしているから」と放置されがちな場面でも、
外からの視点や、一人の「それは変です」という声が流れを変えるきっかけになります。

3.「有名な実験」も条件を確認してから信じる

監獄実験は、後から多くの問題点が指摘されました。

この流れは、

  • ネットでバズった実験
  • 「科学的に証明された〇〇」

を見るときにも、そのまま当てはめられます。

「どんな条件で? どれくらいの人数で? 他の研究ではどうか?」

こうした視点を持つことで、
情報に振り回されにくくなります。

まとめ:人は「真っ白」でも「真っ黒」でもない

スタンフォード監獄実験は、

  • 権力
  • 役割
  • 場の空気

が人の行動をどれだけ変えうるか、という点を強く印象づけました。

同時に、後からの検証によって、

  • 実験結果の解釈は、研究者の意図や演出にも左右される
  • 「人間は状況さえあれば必ず残酷になる」と決めつけるのは危険

という教訓も与えています。

次に、学校やバイト先で、

「立場が変わった人の態度が、急に変わった」

という場面に出会ったとき、
その人だけでなく、「場」や「ルール」の作り方にも目を向けてみてください。

そして、自分が何かの役割を与えられたときには、

「この行動は、本当に自分が納得できるものか?」

と冷静に考えてから動く。

それだけで、「普通の人」が流されてしまうリスクを、少し減らすことができます。

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