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- 仕事がしんどいのに、「もう少し様子見しよう」と数年経っている
- 結婚するか別れるか考えたいのに、「今すぐじゃなくていいか」と話し合いを先送りしている
- 引っ越したい・環境を変えたい気持ちはあるのに、「今のままでも死ぬわけじゃないし…」と動けない
こういう「大きな不満はないけど、満足とも言えない現状」を
なんとなくキープし続けてしまうとき、
「変えればよくなる“かもしれない”のに、
とりあえず今のままを選んでしまう」
という心のクセが働いています。
その正体が、
「現状維持バイアス(status quo bias)」 です。
この記事では、日常&恋愛寄りで
- 「現状維持バイアス」とは何か
- 日常・恋愛でのありがちなパターン
- 実験・研究で分かっていること
- なぜ私たちは“今のまま”を選びがちなのか
- デメリットと、そこから一歩動くための具体的なコツ
を整理していきます。
身近な具体例とエビデンスのポイントでコンパクトに整理します。
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「現状維持バイアス」とは?(定義)
現状維持バイアスとは、
たとえ今より良くなる可能性があっても、
「変化すること」で失うリスクを怖がり、
「今のまま」を選びやすくなる心理傾向
を指します。
- 新しい選択肢にもメリットがある
- 客観的には変えたほうが得に見える
それでも、
- 「もし失敗したらどうしよう」
- 「今より悪くなったらイヤだ」
という 損失への不安 が大きく見えてしまい、
合理的ではないレベルで「現状を続ける」ほうに偏ってしまうわけです。
この概念は、行動経済学者サミュエルソン&ゼックハウザーが1988年に提唱し、
その後カーネマンらが「損失回避」「保有効果」とセットで詳しく研究してきました。
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日常&恋愛の「現状維持バイアス」あるある(3本)
1. 今の仕事に不満はあるけれど、「転職までは…」と止まってしまう(日常)
- 給料もやりがいも、正直イマイチ
- 転職サイトを眺めたり、エージェントからスカウトも来ている
- それでも、「今より悪くなったら困る」と思って動けない
頭の中ではこんな感じです:
「上司は合わないし、評価も低い。
でも、転職先で人間関係が最悪だったら…
今よりひどいブラックだったら…」
日本の解説でも、
「新しい環境に対する漠然とした不安や『後悔したくない』気持ちから、
現状を変えない選択をしてしまう」と説明されています。
「変えたときの“かもしれない損”」を大きく見積もりすぎて、
「このままの確実な不満」を抱え続ける —— 典型的な現状維持バイアスです。
2. 別れる勇気も、結婚を決める勇気も出ず、「とりあえず今のまま」(恋愛)
- 付き合ってそれなりに長い
- 大きな事件があるわけではないが、不満や不安はある
- 結婚に踏み切るほどの確信もないし、別れる決断も重すぎる
その結果、
「大きな話は先送り。とりあえず今のまま続けよう」
という状態が何年も続くことがあります。
恋愛研究でも、
人は「今のパートナーを選び続ける」ほうに偏りやすく、
より魅力的な代替案があっても 現状の相手を選びがち だと示す結果が報告されています。
「別れて後悔するかもしれない」
「今より悪い人しかいなかったらどうしよう」
という損失への怖さが、
関係を“なんとなく”続けさせてしまう のです。
3. 同棲・引っ越し・環境チェンジの「もう一年このままでいいか」
- 同棲するか迷っている
- 実家を出るか、都心に近づくか悩んでいる
- 留学・転職・部署異動など、チャンスはある
…にもかかわらず、
「今のままでも別に困ってないし」
「わざわざリスク取らなくても…」
と、“悪くないけど微妙な現状”を伸ばし続けることがあります。
現状維持バイアスの解説では、
「変化を選ぶことで得られるメリットより、
変化によって失うかもしれないものを過大評価してしまう」と指摘されています。
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実験で見る「現状維持バイアス」
1. サミュエルソン&ゼックハウザーの意思決定問題
行動経済学者サミュエルソン&ゼックハウザーは、
さまざまな意思決定シナリオを提示する実験を行いました。
ざっくりいうと:
- 被験者に「投資先の変更」「保険プラン」「職場の選択」など複数の選択肢を示す
- ある条件では「今、あなたはAを選んでいる」という“現状”情報をあらかじめ提示
- 別条件では、同じ選択肢だが「現状」の指定がない
すると、
「現状が明示されている条件では、
その現状を選び続ける人が明らかに増えた」
という結果が出ました。
選択肢の中身は同じでも、
「これが現状です」とフレーミングしただけで、
人は現状にとどまりやすくなることが示されたわけです。
2. デフォルト設定の力:臓器提供・年金・自動加入
現状維持バイアスが特に強く出るのが、
「デフォルト(初期設定)」が用意されている場面
です。
代表的なのが、臓器提供と年金・退職金の積立の研究です。
- 臓器提供で「提供する」がデフォルトの国と
「提供しない」がデフォルトの国を比べると、
デフォルトの側の登録率が圧倒的に高くなることが報告されています。 - 企業年金や401(k)でも、
- 自動加入(やめたい人だけ手続き)
- 自動未加入(入りたい人だけ手続き)
を比べると、自動加入のほうが加入率が大幅に高いという結果が多数あります。
どちらの場合も、
「何もしない=現状(デフォルト)」
なので、現状維持バイアスが強く出るのです。
3. 恋愛の「今の相手を選び続けるバイアス」
恋愛におけるステータス・クオー(status quo)=
「今のパートナーとの関係を続ける」 ことです。
関係研究では、
- より良い相手候補や魅力的な選択肢があっても、
- 人は「今の関係にとどまる」ほうを選びがちだ、
という結果が出ています。
これは、
- その関係に投資してきた時間・労力を手放したくない
- 新しい相手が本当に「今より良い」とは限らない
- 別れた後に後悔するリスクが怖い
という 現状維持バイアス+サンクコスト効果 が組み合わさっている状態と言えます。
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なぜ「現状維持バイアス」が起こるのか(原因・仕組み)
1. 損失回避:「失う痛み」は「得る嬉しさ」より大きく感じる
行動経済学の「損失回避」では、
人は、同じ大きさの「得」と「損」を比べたとき、
損のほうを2倍くらい大きく感じる
とされています。
- 変化で得られるかもしれないメリット
- 変化で失うかもしれない安心・安定
を比べるとき、
「失うかもしれないもの」が何倍にも大きく感じられるため、
現状維持が選ばれやすくなります。
2. 保有効果:「今持っているもの」を高く評価してしまう
「保有効果(endowment effect)」とは、
自分が今持っているものは、
手放すときに必要以上に高く見積もってしまう
というバイアスです。
- 今の仕事
- 今の住まい
- 今のパートナーとの歴史
など、**「すでに手に入れているもの」**に対しては、
「せっかくここまでやってきたのに」という気持ちが働き、
冷静な損得計算よりも「手放したくなさ」が勝ちやすくなります。
3. 決断コスト・情報処理のしんどさ
現状から動こうとすると、
- 情報を集める
- 条件を比較する
- 人と話し合う
- 自分の気持ちを整理する
など、認知的なコストが一気に増えます。
脳は、難しい決断になるほど
「何もしない」方向に傾きやすいことが神経科学の研究でも示されています。
「考えるのがしんどいから、今日はやめておこう」
という先延ばしも、
現状維持バイアスの一部だと捉えられます。
4. 後悔回避:「動いて失敗した後悔」が怖い
- 動かなかった後悔
- 動いて失敗した後悔
どちらが痛いかというと、
人は 「動いて失敗したほうが後悔が強く出やすい」 と言われます。
- 別れなければよかった
- 転職しなければよかった
- あのとき結婚を決めなければよかった
こうした 「自分の行動で生まれた損失」 を恐れるあまり、
「何もしない」ほうを選びやすくなるのです。
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「現状維持バイアス」のデメリット(日常&恋愛)
1. いつの間にか「やりたいこと」を諦めている
- 本当は転職したい
- いつか海外に住んでみたい
- 違う働き方に挑戦したい
と頭では思っていても、
毎回「今じゃない」と先送りしていると、
気づいたら「やらないのが当たり前」になっている
ということが起こります。
将来ふり返ったときに、
- やって失敗した後悔
- やらなかった後悔
どちらが強いか、という研究では、
長期的には「やらなかった後悔」が残りやすい、という報告も多いです。
2. しんどい恋愛や結婚生活に、長く留まりすぎる
- 暴言やモラハラがある
- 大切にされていない感覚がある
- 将来像がどうしても合わない
と分かっていても、
- 「ゼロから相手を探すのは怖い」
- 「歳もあるし、今さら別れるわけにも…」
という理由で、明らかに健康的でない関係に留まり続けることがあります。
現状維持バイアスが強く働くと、
「今より悪くなるリスク」を恐れるあまり、
「今すでに受けているダメージ」に鈍感になる
という逆転現象が起きます。
3. 自尊心や自己効力感がじわじわ下がる
- 変えたいのに変えられない状態が続く
- 「本気出せばできるはず」と思いながら動けない
このギャップは、
「結局いつも何も変えられない自分」
というイメージにつながり、
自己効力感(自分は変化を起こせるという感覚)を削っていきます。
結果として、
ますます「今のままでいいや」と思いやすくなる、
負のループが生まれます。
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「現状維持バイアス」とうまく付き合うコツ
(日常&恋愛・重要な場面)
1. 「変えないリスク」と「変えるリスク」を同じ紙に書き出す
Whartonなどのビジネス系の解説でも、
メリット・デメリットを「現状」と「変更」の両方で書き出す
ことが、現状維持バイアスを弱める方法として推奨されています。
たとえば恋愛についてなら、
- 「このまま付き合い続けた場合のメリット/デメリット」
- 「別れる場合のメリット/デメリット」
を、それぞれ箇条書きにします。
ポイントは、
- 「現状維持」のほうにも、きちんとデメリットを書く
- 「変化」のほうにも、ちゃんとメリットを書く
ことです。
「変えないことのリスク」も見える化すると、
少しバランスが戻ってきます。
2. 「いきなり大決断」ではなく、「小さな実験」に変える
現状維持バイアスは、
「一度決めたらぜんぶ元に戻せない」
と感じるときに特に強く出ます。
そこで、いきなり
- 完全に別れる/結婚する
- いきなり転職する
ではなく、
- 3か月だけ別居してみる
- お試しで同棲してみる期間を決める
- 転職活動だけ始めてみる/面談だけ受けてみる
- 副業的に別の仕事を少しやってみる
といった 「小さなテスト」 に分割すると動きやすくなります。
3. デフォルトを「動くほう」に変えておく
現状維持バイアスの実験でも分かるように、
「何もしなかったときにどうなるか(デフォルト)」 はめちゃくちゃ強力です。
これを逆利用して、
- 「○月までに話し合いをしなかったら、一旦距離を置く」
- 「半年経っても状況が改善していなければ、転職活動を開始する」
など、「何もしなかったときのデフォルト」をあえて変えておくと、
自分に優しい“締切”を作れます。
恋愛なら、
- 「3か月間、互いにできることをやってみて、それでもしんどければ別れも選択肢に入れる」
のように、期限つきの現状維持にしておくと、
「なんとなく続けてしまう」状態から一歩抜けやすくなります。
4. 大事な恋愛判断は「疲れてないとき」に考える
現状維持バイアスは、
決断にエネルギーがいるときほど強まることが分かっています。
- 徹夜明け
- 仕事でボロボロの状態
- ケンカ直後の感情MAXの状態
などで、
「別れる/続ける」「結婚する/しない」を決めようとすると、
- とりあえず先送り
- とりあえず今のまま
に偏りやすくなります。
体力・メンタルが比較的フラットな日を選んで、
落ち着いて紙に書き出したり話し合うだけでも、
かなり判断の質は変わります。
5. 「一度決めたら一生固定」ではなく、「見直し前提」で決める
現状維持バイアスを弱めるキーワードは、
「とりあえず◯年版の仮決定」
です。
- 「2年付き合ってみて、そのときの自分たちでまた考える」
- 「この会社であと3年やってみて、その時点で転職も含めて見直す」
のように、
決断に“見直し日”をセットでつけておくと、
- 今はこれで行こう
- 将来、別の自分がもう一度判断してくれる
という感覚になり、
「一生ものの決断を今ここで」という重さが減ります。
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まとめ:「このままでいい」の裏にある“怖さ”を見える化する
- 現状維持バイアスとは、
変化で得られるメリットよりも、
変化で失うかもしれない損失を大きく見積もり、
「今のまま」を選びがちになる心理。 - 行動経済学では、
損失回避・保有効果・後悔回避・決断コストの高さなどが
このバイアスを支えていると説明されている。 - 実験研究では、
- 「現状」とラベルを付けるだけで、その選択が選ばれやすくなる
- デフォルト設定(臓器提供・年金など)が意思決定を大きく左右する
- 恋愛でも、より良い代替案があっても「今の相手」を選びやすい
ことが示されている。
日常・恋愛レベルでは、
- 「大きな不満はないから」「今すぐ困ってないから」で動かないうちに
やりたいこと・変えたいことを何年も保留し続けてしまう - 恋愛や結婚では、
健康的でない関係にも「別れた後のリスク」が怖くて留まり続けることがある
という形で、静かに人生の選択肢を狭めます。
だからこそ、
- 「変えないリスク」と「変えるリスク」を同じテーブルに並べる
- 決断を「小さなテスト」に分解する
- デフォルト(何もしないとどうなるか)を意識的に設計する
- 恋愛の大事な判断は、疲れていないときに考える
といった工夫が、
「このままでいいや」に飲み込まれないための実用的な一歩になります。
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Q&A:現状維持バイアスについてのよくある質問
Q1. 「慎重なだけ」と「現状維持バイアスにハマっている」の違いは?
A. 目安としては、
- メリット・デメリットを一通り考えた上で、
意図的に「今は動かない」と選んでいる → 慎重さ - ちゃんと考える前から、「なんとなく怖いからやめておく」と
検討そのものを避けている → 現状維持バイアス寄り
と考えると区別しやすいです。
Q2. 別れたいかも…と思うのに、決断できないのは現状維持バイアスのせい?
A. 一因である可能性は高いですが、「それだけ」ではありません。
- 愛着や思い出への未練
- 相手を傷つけたくない気持ち
- 経済面や生活の現実的な不安
なども混ざっています。
その上で、「別れた後の損」ばかりが目に入るなら、
現状維持バイアスが色を濃くしているかもしれません。
Q3. 現状維持バイアスを完全になくすべきですか?
A. 完全にゼロにする必要はありません。
- 危険から身を守る
- 無駄にリスクを取りすぎない
という意味では、
「すぐには動かない」性質は適応的な面もあります。
大事なのは、
「変えないほうがいいのか」
「変えたいのに、怖さだけで止まっているのか」
を見分けられるくらいの距離感で付き合うことです。
Q4. 大きな決断で後悔を減らすコツはありますか?
A. いくつかポイントがあります。
- 「変える/変えない」両方の未来をできるだけ具体的に想像してみる
- 小さなテストや期限つきの現状維持など、「やり直し可能な形」に分解する
- 信頼できる他人に、自分の考えを一度言語化して聞いてもらう
研究でも、情報を整理して第三者と話し合うことは、
現状維持バイアスを弱め、より納得度の高い意思決定につながると指摘されています。
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