【分類:対人・説得/マーケティング】
最初は魅力的な条件を提示して「いいですね」と言わせ、相手が一度**コミット(約束)**したあとで、静かに条件を本来の(厳しい)水準に戻す。にもかかわらず、多くの人はそのまま承諾してしまう——これが「ロー・ボール法(low-ball technique)」です。
この記事では、
- 「ロー・ボール法」の定義と流れ
- 実験(例:チアルディーニら)
- 日常・営業・オンラインでの具体例
- うまくいく心理メカニズム(「一貫性の原理」「認知的不協和」)
- 被害を避けるコツ/倫理的な使い方
までを、要点だけで整理します。
定義:なぜ「ロー(低い)ボール」なのか
**「ロー・ボール法」**とは、次の2段階で承諾(コンプライアンス)を得る説得テクニックです。
- 第一段階:低いハードルの提案(魅力的な条件)で“イエス”を引き出す。
例)「このノートPC、今なら9万円です」 - 第二段階:合意後に魅力要因を取り去る/本来の条件に戻す。
例)「すみません、表示ミスでした。最終価格は11万円です」
——それでも多くの人が購入を続行してしまう。
ポイントは**「一度イエスと言わせる→本命条件を提示する」**順序。
この流れにより、承諾側の「自己イメージ」「言行一致」を動員できるのが強みです。
実験:チアルディーニらの「コミット後にコスト上げ」研究
有名なのは**チアルディーニ/カチョッポ/バセット/ミラー(1978)**の実験。手順の骨子は次の通り。
- 参加者に対し、まず魅力的な条件で行動を依頼(例:課題参加の負担を軽く見せる)。
- 参加者が参加を承諾した後で、実はコスト(負担)が高いことを告げる。
- 結果、最初に合意を取ってから条件を上げた群のほうが、最初から正直に高コストを提示した群よりも参加率が高かった。
この「最初の合意」が心理的アンカーとなり、後出しの不利条件にもとどまってしまう傾向が確認されました。
うまくいく理由(心理メカニズム)
1. 「一貫性の原理」
人は自分の言動を一貫させたい動機が強い(「前にOKと言った自分」を守りたい)。「ロー・ボール法」は、この自己イメージ保持を突く。
2. 「認知的不協和」
「さっきOKしたのに、やめるのは気まずい」という不協和感を避けるため、そのまま承諾を継続しやすい。
3. コスト把握の遅延/効果の先取り
第一段階の時点でメリットに注意が集中。後から出るコスト情報は、**“既に決めた”**という心理の陰に隠れやすい。
よくある具体例
店頭・ECの価格提示
- 予約・在庫の取り置きを承諾→あとで「オプション必須」「手数料」が上乗せ。
- “期間限定値引き”で意思決定を急がせ、合意後に配送費・保証費を足す。
SaaS/オンライン登録
- 無料トライアルで「使い続ける自分」を作る→本来のプラン価格や必須アドオンを後出し。
組織内の依頼
- 「30分だけ会議お願い」で合意→当日「1時間で、資料もお願いします」。
「フット・イン・ザ・ドア」「ドア・イン・ザ・フェイス」との違い
- 「フット・イン・ザ・ドア」:小さな承諾→大きな承諾へ段階的に拡大。
- 「ドア・イン・ザ・フェイス」:大きな要求で断らせ→本命の小さめ要求を通す。
- 「ロー・ボール法」:先に合意を作ってから条件(コスト)を上げる。
→ **合意の“ラベル効果”**を最大化する狙い。
倫理とリスク:どこからがアウト?
「ロー・ボール法」は不誠実な後出しと紙一重。短期的には成約が増えても、
- クレーム/解約率の上昇
- ブランド信頼の毀損
- 法令・規約違反(不当表示など)
のリスクが高い。“誠実な情報開示”を保つことが前提条件です。
倫理的な運用案:
- 初期提示は本来条件の範囲内(後出しで“乗せない”)
- 合意後の変更は購入者有利または中立に限る
- 変更が不利なら無条件キャンセルを明示
守り方(ユーザー側の対策)
- **「合意前チェックリスト」**を用意(価格、手数料、最低利用期間、解約条件)。
- 「今やめるのは気まずい」を合図に不協和を自覚——いったん保留する。
- “合意後の追加条件”は再交渉する(無理なら撤回してOK)。
まとめ
- **「ロー・ボール法」**は、先に“イエス”を引き出してから条件を上げても承諾が続くテクニック。
- 背景には**「一貫性の原理」と「認知的不協和」**。
- 短期の成約↑/長期の信頼↓になりやすい。使うなら完全開示と撤回権をセットに。
- 使われる側はチェックリスト+一時停止で自衛。
Q&A:「ロー・ボール法」についてのよくある質問
Q1. 「ロー・ボール法」と「おとり広告(不当表示)」は同じですか?
A. 似ていますが別物です。心理的な流れとしては近い一方、法的・規約的には表示の適法性が問われます。マーケティングで使う場合は、最初の提示が本来条件の範囲に収まるよう厳格に設計し、不利変更時の無条件キャンセルを明示しましょう。
Q2. BtoBでも効きますか?
A. 効きます。ただしBtoBは複数関与者・稟議が入りやすく、合意後の条件変更は信頼を大きく損ないます。長期関係を重視するなら、**段階承諾型(「フット・イン・ザ・ドア」)**のほうが健全です。
Q3. 正攻法でコンバージョンを上げたいなら、何を組み合わせると良い?
A. **「フレーミング(損失回避の提示)」「社会的証明」「行動のハードル低減(1クリック短縮・無料返品)」**などは、後出しの不利条件に頼らず効果を出しやすい組み合わせです。
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